仲間に求めるのは信頼と勝負強さ
研究室のメンバーはどのように組織されるのでしょう。研究室内のコミュニケーションについても伺えますか。
森島研に新人が入る時には、研究室のメンバー全員で面接をします。全員に取り囲まれて、圧迫面接のようになるのですが(笑)、聞くのは、これまでで一番感動したことや一番つらかったことなど、ごくありふれたことです。決め手はやはり、この人と一緒に研究したいと思えるかどうか。成績はもちろん重要ですが、人物として信頼できるかどうかが肝心です。話に矛盾が見えると先輩たちが突っ込みを入れて、会話しながら見定めていきます。
サークルでの幹部の経験があったり、体育会系の部活に入っていたりといったこともポイントが高いですよ。研究の世界でも、根性や勝負強さは大事ですから。研究室の合宿でも、ソフトボールやカートレースなど、色々な勝負をします。研究でもフィジカルでも、「俺を超えていけ!」という気持ちでいますよ。学生に負けていられません(笑)。
コロナ禍を経て変わったミーティングとスタンス
研究室は分野ごとにグループになっていて、毎週グループミーティングをします。さらに月1回、研究室全体でプレゼンがあります。学生が互いに、結構シビアに意見を言い合う機会ですが、時間は1.5時間から長くても2時間程度です。以前はミーティングを通して先輩が後輩を引き上げるスタンスで、4時間など長時間のミーティングもざらでしたが、そうすると双方に負担がかかりすぎて先輩自身も伸びきれない。「時間の無駄だから中座します」という意識の学生が現れたことで、皆がより高みを目指す方向へと舵を切ったのです。
ただ、議論は徹底的に行っています。ミーティングが短時間に収まるようになったのは、コロナ禍でオンラインのコミュニケーションツールが充実したおかげでもあります。NotionやSlackなどで議論が普段からオンラインでできるので、そこで未解決だった部分だけを対面のミーティングで取り上げることができるようになったのです。

トップカンファレンスへの参加を目標に
以前はメンバー全員のSIGGRAPHへの参加を一つの目標にされているとおっしゃっていましたが、現在も継続されていますか。
OBの世界的な活躍
森島研出身者の活躍について伺えますか。
研究室のOBで、今アメリカのMetaにいる齋藤隼介さんというデジタル・ヒューマンの研究者がいますが、彼はトップカンファレンスに毎年10本くらいの論文を通す逸材で、日本人の中で世界トップクラスの研究者です。
彼は学部4年生で研究室に入ってきて、面接で「4年生のうちに国際会議で絶対発表する」と宣言したのです。野心バリバリで、胡散臭さを感じた学生もいたみたいですが(笑)、実際にその夏、ジュネーブで開催されたコンピュータアニメーションの学会で発表しました。どんどん頭角を表し、アメリカのベンチャー企業でアルバイトをするチャンスを得て、そのまま長期滞在できる権利を自力で獲得してさらにハッカソンで受賞し、ベンチャー立ち上げの資金をゲットし……。とにかくすごい学生でした。研究室のミーティングが短くなったきっかけも実は彼です。
彼は森島研で修士をとり、その後当時南カリフォルニア大学にいたハオ・リー先生のところでデジタルヒューマンの研究をはじめ、Ph.D.(日本の博士号にあたる学位)をとりました。齋藤さんが南カリフォルニア大にいた2年間は、彼とのコラボレーションという形で学生を送り込んで共同研究を行い、SIGGRAPHやICCV[8]、CVPRに論文を通しました。ICCVに2019年に出した論文[9]は今、引用数がすでに1500を超えています。生成AIの分野で今まさに注目されている、ニューラルフィールド分野における先駆的な論文になったのです。
ただ、その後彼がMetaに入ったことで、彼のもとへ学生を送り込むハードルがグッと上がってしまいました。今彼とはコラボレーションできていないのですが、Metaや齋藤さんとは何かできたらいいなとは思っています。

2019年のUSCのPh.D審査の時のシーン。中央が齊藤さん
授業の一環で検定対策 汎用性のある技術・知識を学ぶ
この度、「CG-ARTS検定」にて文部科学大臣賞に返り咲かれましたが、検定はどのように活用されていますか。
10年以上前から、僕が担当している「デジタル信号処理」という授業で検定を活用しています。森島研に入りそうな学生を含めた、物理と応用物理の3年生対象の授業です。検定の受験は強制ではありませんが、受験の結果は成績にも反映されます。履修生の半分、毎年60人くらいは検定を受けますね。その中で森島研に入るのは7、8名です。コンピュータグラフィックスの基礎を学んでおくと研究に取り掛かりやすくなりますし、森島研に入らない学生でも知っておいて損はない内容だと思っています。ビジュアリゼーションは宇宙観測、量子力学、量子コンピュータなど物理のさまざまな分野で必要な技術です。
学生は数学や物理の基礎がすでに頭に入っているので、座標変換だとかはおちゃのこさいさいです。僕はテキストをベースにしながら、同次座標なら無限遠点の表現など、彼らの興味をそそりそうな部分についてはテキスト以上に詳しく扱います。授業では結構、ハードルの高いことを課していると思いますよ。


一方で、アニメーションやレンダリングなど二章以降の内容は覚えるしかありません。それらは過去問での自習が中心です。理解を助けるのに有効な方法としてキーワードの調査学習を実践しています。CG-ARTSからもキーワードをいただいていますが、そこに僕が独自に足して、各自でキーワードを調べさせています。
検定が11月なので、検定対策に充てるのは14回の授業のうち前半の7回です。後半の7回は、最先端の分野で活躍する外部講師を招いたオムニバス形式の講義を行っています。浅川さん、人間拡張の東大の稲見先生、医学分野のCG表現を牽引されている瀬尾拡史さん、Metaの齋藤さん、VFX監督の尾上克郎氏も毎年来てくれています。それを楽しみにこの授業を取る学生も多いのです。
文部科学大臣賞、知らせを受けてのご感想は。

限界にチャレンジできる環境
最後に、先生が目指す人材育成について教えてください。
ちょうど昨日、研究室のメンバーがつくった卒業ムービーを見たのですが、これが非常に面白くて、センスがあるんです。センスのある学生はだいたい限界を見てきた学生です。ある学生は「博士課程というのは、1回自分の限界を見てぶっ壊れて、そこからリカバリーするプロセスだ」と言っていました。実際に、リカバリーできた人は人間的な魅力に幅が出て、ユーモアやセンスも磨かれ、以前よりも素晴らしい研究成果を出せるようになります。
とはいえ、一回ぶっ壊れろということではないですが(笑)。この研究室には、遠くのゴールを追い求めて、自分の限界を試せるチャンスが転がっているということです。
そこで得られるものは人それぞれですが、乗り越えた人は確実に素晴らしい人に育っています。